たたえる目
暖かい日、暑い日、急に寒い日。ハナミズキと躑躅の咲き乱れる神田川沿いをしばらく散歩してから井の頭線に乗って渋谷、シネマヴェーラでのハワード・ホークス特集へ通う週末。ホークスの映画は本当に何を観ても素晴らしく面白くて幸福を感じる。人はひと目で人を愛するし、すぐに結婚をするし、秘めた愛を隠すことなんてできない。世代をまたぎ受け継ぐことでしか叶わなかった愛さえ当然のようにある。
『大自然の凱歌』では銀のトレーを放り投げてはお店で暴れまわったとある3人のとても楽しい忘れられない夜、それきりの最後の夜、べこべこになった銀色のお盆をあんな風に壁に掛けてただの一晩を懐かしみながら生きているような人生である気がする、自分も。『今日限りの命』には映画界一可愛く人に愛されるゴキブリが出てくる。ある場面が秀逸で、それがほとんど頂点だった。彼女の寝顔を見たいな、と彼女の弟に言う盲目の男がいる。3人は長い間柄で、2人の男はこれから彼女に黙って危険な出兵をする。「君が見てるあいだ僕は君を触ってるよ。見てるか?」「ああ。見てる」
ほとんどすべての映画に、秀逸な場面と可笑しい場面もある。『虎鮫』で船員が壁に貼る恋人の写真を見て船長が、良い女だなと声をかける。(たしか)エジー・ウェシーというのさ。良い名前だ。それからちょっとした会話で拗ねた船長がその場を去りながら子供のようなふくれ面で、「イジー・ウィシー」と言い放つ。「エジー・ウェシーだ!」「オジー・ウォシー」。それといい、『今日限りの命』のゴキブリといい、本筋の役には立たないこんな可笑しく些細なやり取りが描かれることに、生きる意味も映画を観る意味も全部あるよ。
「ハワード・ホークスとは一目瞭然の映画だ。」と言う人がある。いっこの、そのうえいくつもの映画がこの監督の手にかかればいちいち一目瞭然になるだなんて、こんなにも人間がむやみやたらに恋をしたり、間違いをすることもあり、なのにその眺めは高山へ登って何もない岩肌や野っぱらの景色を見ている時とほとんど同じに感じるだなんて。

少し前にはキアロスタミの初期作のいくつかをようやく観たんだった。数少ない上映の機会には行けないまま、観たことのあるのは後年の2作だけだった。
2月に『友だちのうちはどこ?』を借りて、家で映画を観るときにはいつでもよそ事をしてしまったり中座したり、なかなか友だちのうちにたどり着けない少年の回り道や大人たちのつれない態度にやきもきしながらもいつ終わるだろうなんて思いながら眺めていたら突然あらわれた最後のシーンの花を見た瞬間にぽろっと泣いていた。クレーの絵のような、ケストナーの小説のような一輪だった。
『そして人生はつづく』を観たのは3月だった。監督(役の俳優)が前作を撮った町を息子を連れて訪れて、『友だちのうちはどこ?』にも出ていましたよね、と出会ったおじさんに話しかける。
「あの古い家に住んでいるのかと思ってました。」
「あれは映画の中の家だよ。わしの家じゃない。本当のことを言うとな、ここもわしの家じゃないんだよ。この映画の中の家なんだ。映画の人達が、わしの家だと決めたんだよ。本当のわしの家は地震で壊れてしまったんだ。今はテントで生活してるんだ。」
『オリーブの林をぬけて』で撮影班は町から離れた野原に張ったテントで寝泊まりし、そこに地元のおじいさんがいる。みんなこうした場所に住めば良いのに、というようなことを言う監督(役の俳優)に、でもここには何もないからね、美味しい空気だけでは生きていけないよ、と言いながら、見下ろす町のそのまた向こうの山へ向けて、なにか叫んでごらん、返事があるから、とすすめる。監督(役の俳優)はなにを言おうかな、と言いながら、連れてきた息子(役の子役?)の名前を山に叫ぶ、と画面外から息子が返事をするので振り向いて、なんでもないんだよ、と言う。こうした何気ないシーンに、たまらなく嬉しくなる。
2019.04.29 | - |
人間の春・

週末。土曜はほとんどひと月振りの山へ。他の運動を日頃しないせいか、ひと月も山へ行かないだけで少しずつ体力がなくなり、元気がなくなり、声が小さくなっていくよう。あそこまで、と思っている場所の少し先まで、身体を持って行かないと拡がらないもの。身体でもって押し拡げるもの。

相模湖駅から城山、高尾山。街では終わりかかっている桜や梅や木蓮が、ぼうぼうとふくらみきっていた。歩く人も多い。ジーンズとぺたんこのスニーカーで歩く大学生のグループ、ロープの奥へ平然と入り富士山を撮影する中年男性。人間の春。だけど少し前に見た写真展のこの言葉は、そういったことを言っているのでは多分ない。人間の春と関係もなく、山の短い春は麓から上方へ駆けのぼり抜ける。道のりは3時間半と今日は短く。明るいうちから、人のまだ少ない湯に浸かる。

さっぱりとして、帰りの電車を待つまでの日差しが暖かくて、ふと聴きたくなった歌があった。もう何年も聴くことのなかった歌のことを思い出したりする春がある。いつかの春と接続する春。


日曜はほとんど8年振りの友人と会う。名古屋にいた頃、月に一度は老舗の居酒屋へ集まり飲んだうちの1人の。いつも4人だったから、ひとり欠けたらその店へはもう行くことはないんだった。そうして東北へ行ってしまい、いま東北からやって来た人と東京の西のほうで以前のように瓶ビールから始めて酒を飲み珈琲を飲み、話し続けながらコンクリートの溝を流れる川沿いの道をしばらく歩いた。映画や本の話と、それ以外の話。何も変わっていない気がした、そんなはずはないのに。子ども同士の友達のように普通に手を繋いで歩きたいくらいに懐かしい夜だった。

2019.04.15 | - |
新潟
日曜朝、Maxときに乗り新潟へ。高崎を過ぎ越後湯沢を過ぎ。一面の青田に白鷺がきれい。

レンタカーで十日町へ。越後妻有アートトリエンナーレをいくつか見てまわる。トリエンナーレや現代美術はあまり得意でないけれど、ボルタンスキーの「最後の教室」は親近感が持てるというか、面白かった。廃校に入り、い草の敷き詰められた体育館にはほうぼうを向いたたくさんの扇風機。その風であちこちに吊るされている豆球がゆらゆら揺れる。壁にはノイズ映像が映写されていて、時々、その砂嵐が ぴた と止まる。無音のざわめきが静まる。扇風機は長めのベンチのようなテーブルのような木製の台にひとつずつ置かれていてそれはほとんど棺の形。『ハシッシ・ギャング』なのだと思った。



差し込むオレンジ色の光を切り刻むように回転する換気扇に向かって長い廊下を進んで、二階の理科室では大きな鼓動音に合わせて電球が明滅していた。この音は、ホラー映画だったら絶対にその部屋に入っちゃいけないやつ。三階には灯った蛍光灯が一本ずつ収まる長方形の透明なアクリルケースが無数に並ぶ墓場があった。

夜は松之山温泉に泊まる。ひぐらしが鳴いていた。夕食時、隣の広間で7,8人の爺が順々に民謡のようなものを歌うのを聴きながら鮎を食べたりお酒を飲んだり。ひとり格段に声の良い人がいて、その人が歌い出すと場の空気が変わって耳を惹かれた。

部屋のテレビで、三俣山荘を特集した情熱大陸を見た。次の週末にはあそこにいる。

月曜、星峠の棚田や、展示物をまたいくつかまわってへぎそばを食べ、彼の仕事があるので早めの解散。ひとり新潟駅のぽんしゅ館で日本酒の飲み比べをして、新幹線でこしひかりビールを飲みつつ帰京。
2018.08.05 | - |
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6月に八ヶ岳のオーレン小屋に宿泊した晩、三俣山荘で夏季のみ常駐する医師の方の講話を聞いた。
三俣蓮華はどこから登るにも二泊以上かけなければたどり着けない場所(実際には健脚なら早朝出発で1日目の夕方には三俣山荘には着けるのだけど)、だから何となくの不調をうったえて医師にかかってからも翌日には重症化して亡くなった方もいた、という話が印象的だった。病人を降ろすことも容易には出来ない。雲の一瞬の切れ間にヘリが来て運良く一命を取り留めたという人もいたと。

時々覗いていた、穂高あたりの山荘で働く方のブログが妻らしき人により更新されており、その方はカヤックで出たさきの海で亡くなったと知らせていた。鎖などのある場所では人はなかなか滑落をしない、案外に事故の多いのは一見何でもなく見える場所だと、だからそんな場所で事故が多発した時には鎖やロープを取りつけてみると事故は殆どなくなったと、そんな話をそのブログで読んだんだった。

昨日観た映画では山火事の巨大な炎に覆い被されて人が死んでいた。パニック映画的に一般の人が巻き込まれるのでなく、その道のプロが一時的に緊急避難をする積もりで対処をした上で乗り切ることができず死んだのだ。燃えさかりながら走り抜ける巨きな熊、そんな恐ろしく美しい話と映像もあった。

息の止まる瞬間の自分の眼前に、自然はその最も美しい姿を完成させるだろう、というようなことを串田孫一が書いていたのを思い出す。

夕飯は、茗荷ブロッコリースプラウトのせ冷奴、キャベツ塩昆布高菜和え、サーモン玉葱ゆずポンマリネ、烏賊しめじ韮の中華とろみ炒め。
2018.07.11 | - |
木曽駒
今までで一番突発的な山行。思いついてから計画や準備を終えて2時に就寝したあと5時半ごろ起床。
7時立川駅発飯田市行きの高速バスに乗り駒ヶ根IC下車、路線バスで菅の台を過ぎてロープウェイ乗り場へ行き、正午前には千畳敷に立っていた。

初めての中央アルプス、休日には行列で登ることになるらしい千畳敷も人はまばらで平日に来て良かったと思う。
乗越浄土を過ぎ、宝剣岳は岩場好きでない自分にも登れそうだったので15分程で登頂、通過はせず引き返して駒ヶ岳へ。まだ開いていない頂上山荘にテントは5,6張。その先の頂上木曽小屋へ宿泊。
この小屋がとても良かった。これまでに泊まった山小屋は休日の、夏のアルバイトの若者が数人はいるような規模だったけれどこちらは年嵩の男性3人。この日の宿泊客は4人、6月末に小屋開け・悪天候が続き今朝荷揚げが済んだばかりという事情もあってか随分と親切にしていただいた。温かいお茶やかりんとう、サービスだと缶ビールまで出されてしまった。気の良い主人も何かと色々な話を聞かせてくれた。

日の沈むんもよう見えるけんどここは夏といったら星だに、8月の12日やそこらには天の川を見せに子どもたちを連れて人がよう来るんだがね、ここ2年はもーう雨! 雨合羽着せられて子どもたちがまー不憫で不憫で。

三河生れの母の言葉にも少し似た話し振りが耳に残った。

この日は、麓の神社の宮司と棟梁も来ていた。駒ヶ岳の山頂には社と鳥居がある。古い鳥居だな、とは思ったけれど聞くと百年を越えているそうで、この8月に建替えをするのでその下見や計測に数十年振りに登ってきたという。人夫を先にヘリで上げて、だの、うちの若い衆を、だの、小屋の主人もまじえてたえずその相談をしている。

小屋で働くほかの1人は高原植物がとても好きなのだろう、宿泊客にそっと声を掛けて周りの花を案内しながら名を教えてくれた、ぴかぴかの顔のおじいさんで、背中は曲がっているのに岩道を行く足どりがすいすいと軽く音もたてない。この花が可愛い、と言うと その花ならあそこに良い株が、と言っては連れていってくれたり、コマクサの株を自ら増やして育ったのを見せてくれたり。
もう1人は時々手伝いに来ているらしい、白髭で眼光の鋭いマタギのおじいさん。自ら獲ったという熊の毛皮の腰あてを持っており、匂いを嗅いでみるとまったく獣くさくない上品で良い香りがした。腰あてというのは私なんかは漱石の小説で読んだことくらいしかなく実用されているものはもちろん初めて見た。瓶に詰めた真っ白な熊の油が小屋に置いてあり、保湿や火傷やキズに良いと。以前まではほうぼうへあげてしまっていたけれど、それはあんまりだからと周囲の助言で今は販売しているらしい。それでも多量で破格のそれを連れ合いがひと瓶買い、また欲しければ送るからと名刺も貰っていた。
本も持って行ったけれどまったく読まずにそんな話を聞いているうちに日暮れ、御嶽山の向こうへ沈む日や雲海がちゃんと見られた。20時就寝、2時半ごろ星を見に起きるも月も雲もあり天の川は見えず、まっすぐに動く小さな星のような人工衛星が見えた。そのまま起きて日の出を待つ。

4時過ぎ、木曽駒ヶ岳山頂で日の出を見る。日没時や日の出前の、シルキーな雲海、紫がかった色合いが、山で見る絶景のうちでも特段好きだ。御嶽山、北アルプスや立山、八ヶ岳、頭だけの富士山も見晴らせる。頂上山荘のテント泊の人らも来るだろうと思っていたらテン場からも朝日はよく見えそうで、山頂には同じ小屋泊の4人きりだった。
どこかで雷鳥を見られたらと思っていたけれど聞くとこの山域にはいないらしい。オコジョやカモシカは見るのだそうだ、それでは雷鳥はいられない。御嶽山からつがいで飛んできてくれりゃー良かったんだが、と小屋の主人が言うのは冗談でも本気でもあるんだろう、私たちはただ頷くだけだった。
朝食をとり、今日のルートは馬ノ背を周って千畳敷へ降りることにした。そしてこれが存外に大変な道のりだった。乗越の直前でまた登らされることは承知で、あんなところまで下るのか、というところまで降りて濃ヶ池を過ぎ、ハイマツのトンネルをくぐるような樹林も抜けると、千畳敷のカールと変わらないほどの傾斜の雪渓を横切らなければならない道が4,5箇所もあった。
迷った末にアイゼンは持って来なかった、昨日のものらしい足跡を頼りにキックステップで一歩ずつ足場を掘って貰いながら行く。道がなければ、自分ひとりだったら大人しく引き返していたろうと思う。前後に誰もいそうになかったので何かあれば気付かれることもない。ストックがあれば1本をピッケル代わりに刺しながら足場を作りに行く気も起きたろう、通常の下りなどではあまり使うのが好きではないストックもアルプスに来る時にはやっぱり必ず持つようにしよう、と改めて決めた契機。
とうとう最後の雪渓は距離も長くそれまでにあった古い足跡もなく、まさかここを横切りはしないんだろうと岩場伝いに端を登り、幅の狭まったところで雪渓の切れ目の沢を渡って濡れた岩を攀じ登りようやく登山道へ戻った。足を滑らせて雪融けの水流に落ちれば真っ暗な雪渓の下へ流されてどこかで引っ掛かり動けないだろう思った。
後から調べるとその1つ前の小雪渓を下の草地にまわって巻いたあとに戻った道がどうやら違ったらしく、最後の大きな雪渓の上に本来の道はあったらしい。
こんな道を本当に行くんだろうかと立ち竦んでも何とかしなければ進まないので、次の一歩だけを必死に見続けるうちに気付くと抜けている。あとから思えば良い経験だけれどそんな時に一瞬でもアドレナリンが切れて正気に返ればもう先へも後へも動けず震えるだけだ。分かっていてもまた行くのだから山は不思議。

乗越まで戻れば人心地がつきのんびりと下る。だんだん暑くなる。ロープウェイがあるので木曽駒は樹林帯を飽きた気持ちで下ることがなく楽だ。ソフトクリームを食べて下山、バスで菅の台下車、こまくさの湯へ。露天風呂から、降りてきた山の頭がわずかに見える。ついさっきまで岩を引っ掴んでは手に土をつけて汗まみれで歩いていたのに今は裸でゆるゆると湯に浸かっている。近所の店で信州地ビール、ソースカツ丼、そば、馬刺し。産直野菜を見たあとバスで駒ヶ根ICへ、立川駅行きの高速バスに乗換えた。
2018.07.02 | - |
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