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2016.01.18 | - |
ゆめのみず、またばき






『泡箱』掲載
http://zinesmate.org/archives/publisher/fuki-no-maki
(絵)若村大樹 高山ゆうすけ 石原英介
(詩)森本孝徳 疋田龍乃介 水橋佑美
2013.06.14 | |
不忠のポチ公
 東京で迎えた夏、秋、冬、巡って春。できる限り文章を書かずにいたい、という気持ちをまだ抱えたまま、捨てる気もないままでしか自分には行けないだろう場所だと思う。ただまっさらな画面をひらけば、周りが急にあかるくなってどこまでも遠くへ飛んでしまって見えなくなるまで心が開く。置いてけぼりのからだで犬のように主人の帰りを待ってみる。



2013.04.26 | - |

ーー夢見る宇宙、ですって?
ーーそうです。
ーーそれは、いったい、どんなふうに、私を手助けしてくれるのでしょう?
ーーいわば離ればなれにそこにある二つのものが、「互いに深く」かかわることを、それははっきり貴方に示してくれるでしょう。
ーー離ればなれの二つのものが、かかわるのですって?
ーーそうです。
ーー互いに深く、ですって?
ーーそうです。
ーーというと、それは、いったい、どんなものでしょう?
ーー例えば、中空に架かった虹といったものです。
ーーまあ、虹ですって?
ーーそう、まず譬えれば、虹です。
 そう黒川建吉が日頃通り静かに穏やかに答えたとき、白い船底にうちあたって上下に揺すりあげてうねっている河面の一種緩いリズムをもった鈍い水音などかき消すほど高い首猛夫の哄笑がその姿もかいもく見えぬ向う側から起った。
ーーぷふい! 夢見る宇宙の虹だって? いったい君の宇宙は、何を夢見つづけているのだろう……?
ーー解決不可能な渇望、のすべてをです。
ーーあっは、つきせぬ不可能への渇望がまぎれもなくそこにあるのだって……?
ーーそうです。その宇宙の永劫につきせぬ渇望の夢こそまさに一途に全宇宙をいまそこにある全宇宙以外の全宇宙へ向ってひっぱりつづけているのです。
ーーぷふい! とすると、何処へ……?
ーー無限、へ向って……。
ーーほうら、君の好きな無限大がまたでてきたぜ。夢見る宇宙とは、薄暗い瞑想に耽りつづけている君らしい一種美しい幻想だが、しかし、夢みること、考えることのすべては、いいかな、その君の薄暗いちっちゃな頭蓋のなか、そして、一寸先も見えぬ真暗な広大な宇宙の何処かのちゃちな内面だけに一種可憐いじらしい妄想として潜みに潜んでいて、とうていかたちをもって外へ出てくることなどないのだぜ。
ーーいいや、気をつけていれば、あらゆる不可能への渇望は、私達の前に絶えずそれとなく示されているのです。
ーーぷふい、どういうふうに……?
ーー貴方がよく知っていられるかたちをまず端的にあげれば、虹です。
ーーあっは、それは津田令嬢のいじらしいかぼそい心を慰めるため、君がもうすでに先程口に出して述べたことだぜ。たとえこの世の誰も知らぬ遠い谷間の深い奥にこの上もなく美しく高く架かったとしても、ふむ、虹は単なる自然現象のひとつにすぎないぜ。
ーーそうです。それは離れた二つのものの出会いです。目に見えぬ水蒸気の一団に目に見える陽光の一筋があたってできたひとつの自然現象にほかならないのですけれども、しかもそれは、もはや水蒸気の目に見えぬ流れでも陽光の目に見える流れでもなく、中空にまぎれもなく架かったつかのまの虹のかたちにほかならないのです。
ーーぷふい! ただつかのまの虹、に助けてもらうとは、薄暗い頭蓋のなかの薄暗い妄想にしても美しい詩的な幻想だが、しかし、それではあまりに、つかのま、すぎるぜ。
ーーそうです。ただただつかのまにその姿を見せてくれた架空の実在がそこにあれば、夢見る宇宙の最も単純で直截な不服と渇望の奥知れぬかたちの証明は、すでにそれだけで必要にして充分です。
ーーふーむ、架空の実在とはうまい矛盾語を一応使ってみせたものの、黒川君、不可能を渇望する宇宙の最も単純直截な不服と渇望の奥知れぬかたちのはじめが、虹という単なる自然のスペクトル現象にはじまるとは、薄暗い屋根裏部屋の薄暗い幻想としてもあまりにちゃちでちっぽけな出発のかたちだぜ。
 もはやとめどもなく饒舌皮肉になって果てもない日頃の長広舌をふるいそうな首猛夫を、すぐ傍らからなお凝っと舳の瞑想的な黒川建吉の蒼白い顔を直視しつづけている津田安寿子が落着いた澄んだ声で遮った。
ーー私は、高志兄さんのお友達でなく、与志さんのお友達に、お伺いしたいと、先程から申しました。離ればなれの二つのものがかかわってできる、「つかのまの虹」では、その二つの裡、いったいどちらが重要なのでしょう?
ーー二つとも重要です。勿論、光がそこになければ「つかのまの虹」はついに起りません。ただ……。
ーーただ……どういうことが、なおそこにあるのでしょう?
ーーただ、極めて僅かな光速しかもたぬ光は、闇のなかにやっと眩ゆく光る小さな銀河となってそのそこに小さく輝いているだけで、「つかのま」を「永劫」に一瞬にして変容しつくしてしまう力はとうてい備えていません。
ーーまあ、極めて僅かな光速しか、光は持っていないのですって?
ーーそうです。
ーーすると、僅かでないといった何かがなおそこにあるのでしょうか?
ーーあります。
ーーえ、ほかにあるのですって……?
ーーあります。それは、丸いは平ら、以上の一瞬広大な背理ですけれども……。
ーーまあ、まあ、丸いは平ら、以上の奇妙な背理にしても、私達の光速以上の力をもったものって、いったい、何んでしょう?
ーー暗黒速、です。
 と、いまはここかしこに漂よい浮遊する綿雲の小さな集塊ではなく、全天にところどころ薄暗く翳った厚い灰白の層が広く拡がりはじめて、思いもよらず長く翳った幅広い薄明の帯のなかから、肩の上の小さな「神様」の眠たげな鈍い眼も、白い鴎の遠い仄白い果てへ向けられた首許も、一斉に津田安寿子のほうへ不意と内部の光のぽっとともった正面の姿勢を向けるかのように、高い肩車をしたその躯を真直ぐに立て直しながら、黒川建吉は短くいいきった。
ーーまあ、暗黒速、ですって?
ーーそうです。それは極めて僅かな光速とまったく違って、一瞬にして、無限、と、永劫、へ凄まじく相跨ってわたりきります。
ーーえっ? 一瞬にして、無限、と、永劫、へ相跨るのですって……?
ーーそうです。この一種不可思議広大な背理は、大暗黒の秘密の一部です。
ーーでも、でも……私は、与志さんがたったひとりで考えに考えた果てやっと踏み出すその何時くるか解らぬ瞬間、与志さんのついに自分自身だけからまったく新しい自分自身を取りだした深い心の奥の遠い遠いなかへ、どうしても、はいってみたいのです。
ーーその力も、また、この夢見る宇宙のなかに、ひとつだけあります。
ーーまあ、ひとつだけ、あるのですって? それは……それは、いったい、何んでしょう?
ーー念速です。
ーーえ、なんといわれたのですか?
ーー念…速、これは、ただ一方的に拡がり進んでゆく暗黒速と違って、一瞬の裡に、相手と貴方のあいだで「無限」の往復運動を交わしつづけます。貴方の隣りに泳いでおられる方にとっては、これはこの上もなく途方もない悪いちゃちな冗談ですけれども、貴方にとっては、真実です。

ー『死霊 六章』

2013.04.02 | - |
clearstory


 白鳥央堂さんの二人誌「clearstory」の、2号に、詩を一篇寄せました。あと、写真を四点。


clearstory vol.2

収録
-白鳥央堂 詩「アリアロス」「NEWDAYS」「birdie records unbroken」
-水橋佑美 詩「祭日」 写真4点

→想像星座群
http://d.hatena.ne.jp/mamori_hstk/20130110

 暗い紙に散らされた絵の具が星座のようだった装丁の1号から、ほとんどちょうど一年とのこと、青色のきれいで丁寧な造本です。本の外へ出ていくような、だけどそれから戻っていくような。わたしは文章を書かなくなって久しいこの頃、「アリアロス」を読み、しばらく熱にうかされたようになっていました。ぜひ、手に取って読んでもらえたら。
2013.01.25 | - |
飽きることなく繰り返してよ
 毎週末のように映画館へ訪れてしまう、近ごろ観たうちでは『白夜』の印象の良かったことが後から後から思い出されて…街に彼女の名前の徴しを見る一連の場面が特にくすぐったく可笑しくもたまらなく…つい、良い音のする革靴など欲しくなりお店を見てまわったすえに理想のちょっと手前のショートブーツなど求めたりなどしたのでした。その新しい靴で先日は、降り立って水道橋、良い陽気のうちに川沿いの道端でパンを食べたり風が冷えれば店へ入って珈琲を頂きながら夕方まで、地図上の細い道に階段のしるしを見つけて初めての目的地までその道を辿っていった、住宅のあいだを稲妻形に抜ける急な石段をのぼり講師の話し声や黒板を打つチョークのような音など聞こえる階段をまたのぼり、よく風の吹いて人の背景で木々が揺れたり雲が横切ってふいに曇っては晴れたりなどする映画をひとつ、とめどのない饒舌にうつらうつらしつつ観ていたら突然すとんと終わってしまった。建物の外は夜、帰り道に後楽園の、観覧車よりも高く垂直に真っ直ぐそびえる遊具の、ゴンドラの傘のひとつひとつがぽうと光りながらクラゲのように、高く昇ったり沈んだり、繰りかえすようすを交差点からぼやぼや見上げながら川に沿ってすこし歩いたのでした。

 枕もとでベンヤミン・コレクションの6巻はカバーも剥いで手のひらの中でくたくたとさせながら、栞もなしに、読んだ部分と読まない部分の混じる夢のような読み方をしています。そうしながら「《土のちりに、この移ろいやすいものに、書き込まれて》」だけは今のところ何度も読んだり一部をちまちまと書き写しました、移ろいゆくことのない‘詩句’を、石の中に、書き込む話。

 最近見たなかで印象的だった夢、小さくて白いサメに乗って山あいの町を飛んでる夢。(…初めはサメかと思っていたけれど、頭が平たい姿をしていた(乗りやすい)のでクジラだったのかもしれない。)古い家々の屋根や石造りの細い路地、雪をかぶった山を覆う黒ぐろとした針葉樹林の真上を滑るように飛んでわたしもクジラもとても気持ちが良かったのに、気づくと大きな枯木のある神社に一人いて、クジラは隣に建つ小間物屋さんの店先のアイスクリーム販売用のケースで眠っており、硝子を覗き込むと、霜にまみれてこちらを向いたまま凍りついているクジラの、並んだ小粒の歯が見えた。よっぽど名残惜しそうに見ていたんだろう、神社のほうから男の子が歩いて来てわたしにクジラを買い与えてくれたけれど、冷たくて重たい小さな塊を抱きかかえながらもう飛べはしないことが分かってた。


 十月には発熱し、足腰の関節がざわざわとして歩くにも眠るにもつらいような初めての風邪を追い出すのに毛布や羽毛布団をかぶって繰りかえし眠り、食欲の戻ってきたころに食べた林檎や、何もつけないパンの味の美味しかったこと。
 九月にはポストに届いていた封筒を開けると友人からの贈り物としていずれ欲しかった本に添えて、薄い紙で折られた一通の手紙に詩篇、その中にはいつかわたしの書き散らした文章が形を変えて別の作品の一部として在った。連詩のようなものには興味がないけれど信頼の置ける相手にこうして自分の詩句を壊されていくことをとても幸福と思う。
2012.11.14 | - |
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